2025.04.18 未分類
『ププサを食べに来たんです』——その一言から始まった朝

金曜日の朝。
カフェテナンゴの店内にはいつものラテンアメリカの音楽が流れ、コーヒーの香りが心地よく漂っていた。週末のような賑わいはないけれど、こういう静かな平日も嫌いじゃない。
扉が開いて、外国人のカップルがにこやかに入ってきた。
そして、開口一番。
「¡Hola! 私たちはププサを食べる為にここに来ました!」
——え?
(心の声)いやいや、今日は平日。ププサは土日祝限定って、ちゃんとSNSで告知してあるじゃないですか……!
断るべきか……そう思って、説明を始めようとしたその瞬間、男性の方が語り出した。
「私たち、新宿から来ました。どうしてもププサが食べたくて。」
聞けば、彼らはベネズエラ人とエルサルバドル人のカップル。現在、3週間の日本旅行の真っ最中。残すところ、あと3日。
でも、彼女はもう我慢できなかった、と。どうしてもププサが食べたい。彼女がそう言ったとき、彼は「だったら行こう」とすぐにインターネットを調べて、電車を乗り継いで深沢のこの店までやって来たのだという。
——なんてことだ。
ここで「今日ププサは提供していないんですよ」なんて言ってしまったら、彼のメンツは丸つぶれ。
そして彼女にとっての日本旅行の思い出が、少しだけ悲しいものになってしまうかもしれない。
これはもう、私の中の“エルサルバドル愛”が黙っていなかった。
……ただ、現実は現実。
いつもなら「材料が無いのでごめんなさい」で終わる話だ。でも今日は奇跡的に、フリホーレス、チーズ、クルティードもある。生地は、今から作れば大丈夫。やればできる。
断る理由は、何もない。
私は彼らに言った。
「今日は特別に作ります。ただ、ちょっと時間をください。」
そう言って、彼らを席に案内した。
ププサは、ただの料理じゃない。祖国の味、家族の記憶、そしてエルサルバドルの誇りなんです。
その味を求めてカフェテナンゴに来てくれるなんて。
それを無視できるはずがない。
丁寧にに焼き上げたアツアツのププサをテーブルに運ぶと、提供までかなり時間がかかっていたにも関わらず彼らは笑顔で「Gracia」といってくれた。彼は、静かにうなずきながら、彼女を見つめていた。
——ああ、やってよかった。
ププサが紡ぐ小さな奇跡。