2025.07.23 コーヒーの読み物
エルサルバドル カップオブエクセレンス 2025 全ロットカッピング

誇り高きパカマラが存在感を示す──20年目の原点回帰
20年前、私はエルサルバドルの首都サンサルバドルに初めて降り立ちました。
そのとき飲んだコーヒーのおいしさ、酸の質感、何より農園主たちの情熱と真剣なまなざしが、今も記憶の奥に強く残っています。
そして今年、COE全ロットのカッピングに立ち会う機会を得ました。
そこにあったのは、より進化したコーヒーたち──。
中でもひときわ存在感を放っていたのが、エルサルバドルで生まれた誇り高き品種「パカマラ」。
精製、地域、品種、すべてが多様に交差しながらも、芯の強さを失わないその個性。
今回は、そんなエルサルバドルの最新Cup of Excellenceの魅力を、地域・精製・品種の観点から深く掘り下げていきます。
2025年のCOEエルサルバドルには、77ロットがエントリー。やはり他の中米諸国と同じくエントリー数が例年より少ない傾向が見られます。
国内審査を経て38ロットに絞られ、最終的に国際審査で29ロットが入賞しました。
地域別入賞数(全29ロット)
地区名 | 入賞ロット数 |
---|---|
アロテペック=メタパン(北部) | 14ロット |
アパネカ=イラマテペック(西部) | 14ロット |
エル・バルサモ=ケツァルテペック(中部) | 1ロット |
テカパ=チナメカ(東部) | 0ロット |
入賞ロット地区別にみると、例年通りチャラテナンゴ、アパネカ、サンタ・アナの周辺が突出した結果に。優良ロットが多いテカパ=チナメカ地区からは入賞がゼロと、やや寂しい結果に終わりました。そもそものエントリー数の違いもありますが、気候条件などが影響した可能性もあり、来年のリベンジに期待したいところです。
独自の部門構成:Washed+Honey? それがエルサルバドル流
他国のCOEでは「Washed」「Honey」「Natural」などの分類が一般的ですが、エルサルバドルではちょっと違います。
- Washed+Honey 部門
- Natural 部門
- Experimental 部門
ウォッシュトとハニーが一緒のカテゴリーになっているのが特徴的。精製の多様性が広がる中で、エルサルバドル独自の審査基準を垣間見ることができます。生産者としてもどの部門に出品するのか悩ましいことでしょう。
ちなみに部門ごとの入賞ロット数は、Washed+Honey:8ロット、Natural:12ロット、Experimental:9ロットとなっています。
全体でパカマラが13ロット入賞。品種の王者、ここに健在
注目すべきは、全29ロット中13ロットがパカマラ種だったこと。フルーツのような明るい酸、ふくよかなボディ、パッションフルーツやピーチの豊かな香りを併せ持つこの品種は、まさにエルサルバドルを代表する存在。
さらに、ゲイシャやSL28、ベルナルディーナ、アナカフェ14など多様な品種も入賞しており、入賞ロット品種の多様性は中米屈指です。
【Washed+Honey部門】透明感と甘さの絶妙バランス
このカテゴリーは、上位入賞ロットに完成度の高いクラシックさを感じました。
- 第6位:Finca El Pezote(Pacamara / FW)
メープルクッキーのような甘香ばしいアロマが印象的。グラナディージャやスイカのようなジューシーで明るい果実味もあり、親しみやすさと品の良さを両立。 - 第5位:Finca Miramar(Bourbon 50% × Typica 50%)
滑らかな口当たりにチョコレートとブラックベリーのフレーバーが絶妙に調和。ブレンド品種だからこその深みがあり、コーヒーの“王道”を感じる一杯。 - 第4位:La Esperanza(Bernardina / Honey)
ゲイシャと間違えるほどのフローラルな香りと透明感。赤ワインのような果実のエレガンスもあり、全体のバランスはこの部門で最高でした。
ちなみに1位は、チャラテナンゴのSanta Rosa農園Pacamara FWでした。おなじみ過ぎて驚きは少ないですね。(言わずと知れたこの国屈指の有名なパカマラ)
※エルサルバドルの生産者名には「S.A. De C.V.」という表記がよく見られます(例:J.Raul Rivera S.A. De C.V.)。これは Sociedad Anónima de Capital Variable の略で、日本でいえば「株式会社」にあたります。
【Natural部門】明快な果実感と品種個性の競演
ナチュラル精製のポテンシャルを、あらためて強く感じたのがこの部門です。
- 第9位:Los Belloteos(Bernardina / Natural)
ナチュラル精製との相性が抜群で、フルーティーかつジューシーなカップ。この国独自のベルナルディーナの表現力を感じる逸品。 - 第6位:La Alegria(Anacafe14 / Natural)
異質な存在感を放ったアナカフェ14種の快挙。華やかさはないが、凝縮感と上質な質感は抜群。ハイブリッド品種の可能性に新たな光を当てる結果となった。 - 第4位:El Angel(Yellow Pacamara / Natural)
パカマラの名産地チャラテナンゴではなく、アパネカ=イラマテペック地区からの入賞。チョコ、ピーチ、イチゴの風味がクリーミーな口当たりと調和し、個性的かつ上品な仕上がり。
【Experimental部門】精製が強調される時代へ
この部門では、精製方法の違いがカップクオリティにどう影響するかが非常に興味深いテーマとなりました。
- 第1位・第2位:Las Duanas(Pacamara / Washed Anaerobic & Natural Anaerobic)
同一農園・同一品種で、精製だけが違う2ロットがワンツーフィニッシュ。1位のウォッシュト・アナエロビックは、パッションフルーツ、ピーチ、赤リンゴといった明るくジューシーな果実感が特に印象的。 - 第6位:Santa Rita(Pacas / Natural Anaerobic)
パカス種がアナエロビック精製でここまで化けるとは。発酵由来の甘酸っぱさがクラシックな品種に厚みを加えていました。 - 第7位:Finca Ethiopia(SL28 / Natural Anaerobic)
ケニアのSL28が中米で活躍。レモネードのような明るさとハーバルな余韻が特徴で、精製が持ち味を際立たせる好例。 - 第8位:Los Naranjos(Caturra / Natural Anaerobic)
やや地味な印象のあるカトゥーラですが、ナチュラル+アナエロビックの掛け合わせでリッチな存在感に。品種の持つ個性をしっかり引き出す精製技術の力を感じました。
考察:なぜエルサルバドルの入賞ロットは品種バラエティ豊かなのか?
エルサルバドルは中米で最も品種の多様性に富んだ国といっても過言ではありません。その背景には、以下のような複合的な理由が存在します。
① 固有品種の開発と伝統
パカマラ(Pacamara)やパカス(Pacas)、最近話題のベルナルディーナ(Bernardina)など、国産の品種が多数存在し、長年にわたって国内で生産されてきた。
② 地域ブランド制度(DO)の導入
アロテペック=メタパンやアパネカ=イラマテペックなどでは、原産地呼称(Denominación de Origen)制度が導入され、地域ごとの個性を守りながら、品種多様性を育む土壌が形成されています。
③ 公的研究機関の支援
エルサルバドルコーヒー研究所(ISC)や国際協力によるプロジェクトが、耐病性・品質向上・苗木配布・精製支援などを通して多品種展開を後押ししています。
④ 生産者の創意とグローバル市場のニーズ
ゲイシャだけに頼らず、SL28やAnacafe14、Caturraといった品種を精製技術で際立たせるアプローチが注目されており、スペシャルティ市場に応える形での多様化が進んでいます。
総評:エルサルバドルの本気が詰まった、最高の29ロット
今年のカップ・オブ・エクセレンスは、伝統と革新が共存するエルサルバドルの今を如実に映した内容でした。
王道のパカマラ、独自のベルナルディーナ、新興のハイブリッド種まで、まさに「多様性」が香るラインナップ。精製技術の進化も相まって、どの部門も非常にハイレベルな戦いでした。
「どのロットを落としても惜しい」と思えるほど、全ロットが個性的で、質が高い。
その中から選ばれた29のロットたち。間違いなく、今年のスペシャルティ市場を彩る主役たちです。