2025.11.03 生産者特集
ロズマ農園 ― 尾根をわたる風が運ぶ果実の記憶
山岳に佇む精製所
ウエウエテナンゴの街からメキシコへ続く道の途中 ── 舗装の途切れた山道に入り、尾根を縫うように進んだ先に、ロズマはあります。
標高1900mに迫る山岳地帯。視界の彼方に広がるのは、雲と風と光が交錯する世界。そこに、石と木で組み上げられた小さな精製所がぽつりと佇みます。山肌を流れる水を長いホースで引き込み、重力を利用して果肉を除去する巧みな設計は、世代を超えて磨かれた知恵と職人の感性が息づいています。
山の傾斜に逆らって水平に張り出したパティオは、限られた土地を最大限に有効活用するための工夫です。すべてが計算され、コンパクトにまとめられたこの精製所を見るたびに私は完成された美しさを感じ、ため息を漏らさずにはいられません。
この小さな精製所から、世界を驚かせる一杯が生まれる──。
それは奇跡ではなく、自然と人が織りなす芸術品と言ってもよい。
尾根を渡る風が乾きを運び、陽光が果実を照らし、そして作り手がその瞬間を見極める。
ロズマのコーヒーは、グアテマラの山奥から海を越え、世界中のコーヒーファンに驚きをもたらしているのです。
Rosma Natural ── 陽光に熟す果実
フリーウォッシュトでのCOE入賞が多いですがロズマが得意とするのは、実はナチュラル精製のロットです。
収穫された真紅のチェリーは、果実のまま太陽に委ねられ、乾いた風と共に少しずつ姿を変えていきます。
やがてその一粒一粒には、ワインのような芳醇さと果実の華やぎが宿ります。
しかし、ナチュラルとは言っても自然に放っておけば出来るものではありません。過度の発酵を抑制し、果実味を調和させるには、パティオでの乾燥を見極める経験と繊細な感覚が欠かせません。そして湿度が上がる雨季の訪れの前に脱穀し、グレインプロに封じて品質を守り抜く──その後の生豆寿命を考えた管理手腕こそが、ロズマの真骨頂なのです。
ロズマのナチュラルを口にすれば、尾根を渡る風の冷たさ、陽光に熟す果実の甘み、そして生産者と私たちを結ぶ友情の温度までもが感じられるでしょう。
意外な物語の始まり
ロズマ農園の物語は、アレハンドロの祖父の何気ない一言から始まりました。
サン・ペドロ・ネクタの山奥に土地を購入したものの、そこに住まわせた管理人には特に仕事がなく、静かで退屈な日々が続いていました。そんな様子を見かねた祖父がある日ふと口にしたのです。
「コーヒーでも植えてみたらどうだ?」
気まぐれのような提案 ── しかし、それは後にグアテマラを代表する名農園への始まりだったのです。
管理人は試しに少しばかりの苗を植え、世話をしていました。小さな苗木は季節を重ねるごとに根を張り、少しずつ丘の斜面を覆っていきました。畑らしき姿が見え始めると、ロズマ家の人々も日曜日になるたびに農園へ出かけ、草を刈り、肥料を運び、実りを見守るようになりました。
名もなき畑は、やがて母の名「Rosa Maria」を冠して〈Rosma〉と呼ばれるようになります。家族の名前を刻んだその瞬間から、そこは単なる農地ではなく、「家族の物語を紡ぐ場所」へと変わったのです。
それでも当時は、誰一人として思ってもいなかったでしょう。
この家族が営む日曜農園が後にカップオブエクセレンスで1位を獲得し、世界の舞台で称えられる農園へと成長するとは──。
ロズマの歴史は、そんな偶然から始まった物語なのです。
カフェテナンゴと共に歩む
COEの舞台で好成績を残すと、日本の企業は、こぞって彼らのロット落札をしましたが、残念ながら一度限りで取引は途絶えてしまうことが多く、日本の企業と長期パートナーシップを築けずにいました。
『オークションは高値で売れるが、安定感に問題がある。今の我々には継続して買ってくれる顧客が必要だ』
ロズマ農園が成長していく為には、安心してコーヒー作りに専念できる環境を整えなければならないと考えたアレハンドロとフレディ兄弟は、自らサンプルを携え来日。継続的に取り扱ってくれる企業を探してカフェテナンゴに直接サンプルを持ってきてくれました。そのコーヒーを口にした瞬間、私は確信しました ── これは間違いなくグアテマラのトップクラスだ。
その場ですぐに購入を決め、緊急空輸したのは、2月22日に収穫されたフリーウォッシュトのロットで「Rosma 222」と名づけて販売しました。収穫日まで遡ることができる透明性は、ダイレクトトレードゆえの信頼の証。
カフェテナンゴは。いち早くロズマのコーヒーを継続的に扱う企業となり、現在でも強固なパートナーシップを築いています。
山の上の一夜
2019年、私はロズマ農園に宿泊しました。
山頂の小屋にはキッチンがなく、携帯ガスコンロで温めた豆の缶詰をトルティージャと淹れたてのコーヒーで夕食。アレハンドロとその父フレディと一緒に過ごしたそのひとときは、どんな豪華な食事にも勝る豊かさを持っていました。
夜は涼しく、空には月と星が冴えわたり、コーヒーの木々がざわめきを奏でるだけ。何も起こらないことこそが最上であり、ただロズマ農園にいるということ自体が心を満たす体験でした。その静寂と感動は今も胸に焼きついています。そして、その一杯を日本に届けられることは何物にも代えがたい喜びなのです。
カップオブエクセレンス受賞歴
グアテマラのカップオブエクセレンス(COE)はレベルが高く、世界中のCOEを見渡しても屈指の激戦国であることは明白です。
そこでロズマは、2010年2位に始まり、2021年3位、2022年3位、2023年2位、2024年4位、2025年6位……と十数年にわたり上位常連として名を刻み続けています。しかも品種はカトゥアイ/カトゥーラ/ティピカから、パカマラ、マラゴジペ、そしてゲイシャまで多彩。
精製・栽培・選別の総合的な実力が優れていることの証明です。単年の“当たり年”ではなく、 terroir と技術で勝ち続ける──それがロズマの真価です。
2010年2位 Catuai &Caturra & Tipica
2012年13位 Catuai
2013年12位 Caturra &Villasarch
2014年8位 Caturra
2020年15位 Pacamara &Maragogype
2021年3位 Geisha
2022年3位 Geisha
2023年2位 Geisha
2024年4位 Geisha
2025年6位 Geisha
ロズマが受賞を重ねるたび、私は誇らしく思う。そして積み重なる栄冠は、私の選球眼の確かな証である。これからも彼らと共に最高のコーヒーを更新していきたい。



















