コーヒー豆通販のカフェテナンゴ

2026.06.03 生産者特集

店主栢沼とエル・インヘルト ~ El Injerto特集 Vol.3

店主栢沼とエル・インヘルト ~ El Injerto特集 Vol.3

一杯のコーヒーが特別になった日

私が初めてエル・インヘルトのコーヒーを飲んだのは、きれいに整えられたカッピングテーブルの上ではありませんでした。

カフェのテーブルでもありません。

 

グアテマラ・ウエウエテナンゴの山奥にある農園のキッチンで、焼き立てのトルティージャと一緒に出された一杯でした。

 

しかもその日、私はアポイントもなく、突然その農園を訪ねていました。

 

いま考えると、なかなか無謀なことをしたと思います。
けれど、その無謀さの先にあった一杯のコーヒーが、私にとってエル・インヘルトを特別な農園にしました。

 

2007年、伝説が始まる直前に

エル・インヘルト農園が、初めてグアテマラの頂点に立ったのは2006年のことでした。

 

ブルボン種でCup of Excellence 1位を獲得し、その名は世界のスペシャルティコーヒー関係者に知られるようになります。

 

私が初めてその農園を訪れたのは、翌年の2007年でした。

 

こうして振り返ってみると、私が初めてエル・インヘルトの門の前に立った2007年は、ブルボンで1位を獲った直後であり、パカマラの伝説が始まる直前でもありました。

 

そして翌年の2008年。
私はカフェテナンゴを創業し、エル・インヘルトはパカマラでCup of Excellence 1位を獲得します。

そこから2009年、2010年と、パカマラによる3年連続1位という、今なお語り継がれる伝説が続いていきます。

 

カフェテナンゴの始まりと、エル・インヘルトの快進撃。
その二つがほとんど同じ時期に動き出していたことに、私は今でも不思議な縁を感じています。

 

パンフレットを握りしめて、ANACAFEの事務所へ

その日、私はANACAFE(グアテマラコーヒー協会)のウエウエテナンゴ地方事務所にいました。

 

田舎にあるとても小さな事務所でした。
手にはエル・インヘルトがCup of Excellenceで1位を獲ったときのパンフレットを握りしめていました。

 

私は職員に言いました。

 

「昨年1位を獲った、この農園に行ってみたい」

 

すると職員は、すぐに答えました。

 

「エル・インヘルトか・・・アポは取っているのか?」

 

「いや、何も約束はない」

 

そう答えると、職員たちは顔を見合わせました。
少し困ったような、呆れたような表情だったのを覚えています。

 

「あそこは農園というか、一つの会社だから、アポのないお前が突然行って、入れてくれるかどうか・・・」

 

たしかに、その通りです。

 

けれど当時の私には、アポイントを取るためのツテもありませんでした。
そもそも、エル・インヘルト農園がウエウエテナンゴのどのあたりにあるのかすら、よく分かっていなかったのです。

 

いま考えれば、本当に無謀な話です。

 

それでも私は、どうしてもエル・インヘルトという場所に行ってみたかった。

その時、エル・インヘルトのコーヒーは、まだ飲んだことがありませんでした。
でも、1位を獲る農園とは、いったいどんな場所なのか。
それを自分の目で見てみたかったのです。

 

「とりあえず、行ってみる。ダメだったら仕方ない。諦めて帰ってくるよ。だから農園への行き方を教えてほしい」

 

そうお願いしました。

すると職員は、少し笑いながら言いました。

 

「わかった。じゃあ、このANACAFEの帽子をあげよう。これをかぶっていけば、ANACAFEの職員と間違えて入れてくれるかもしれない」

 

そんなわけないだろう。

 

そう思いながらも、その冗談混じりの親切さが、妙にうれしかったのを覚えています。

 

ピックアップトラックの荷台で山奥へ

行き方は、なかなか大変でした。

 

まず、幹線道路沿いにあるエル・レポソという場所までANACAFEの職員が車で送ってくれることになりました。

そこから先は、バスも通らない細い山道に入ります。
現地のピックアップトラックの荷台に乗せてもらい、エル・インヘルトを目指すのです。

 

私は初めて行く場所なので、どこで降りればよいのかも分かりません。

職員は言いました。

 

「運転手に、エル・インヘルトで降りたいと最初に言っておけばいい」

 

言われた通り、私はピックアップトラックの運転手に行き先を伝え、荷台に乗りました。

 

そこから、砂埃の舞う山道を40分以上。
揺れる荷台にしがみつきながら、山の奥へ奥へと入っていきました。

やがて運転手が言いました。

 

「ここがエル・インヘルトだ」

 

そう言われて降りたものの、あたりには高い木々が茂っているだけで、どこにも農園らしきものは見えません。

 

本当にここでいいのだろうか?

間違った場所で降ろされたのではないか。

そんな不安が、少しずつ大きくなってきました。

 

グアテマラの山奥を外国人がひとりで歩く。
場所によっては、とても危険な目に遭うこともあります。

 

それでも、ここまで来た以上、引き返すわけにはいきません。
私はとりあえず歩き出しました。

 

しばらく進むと、川がありました。
いや、川があったというより、道を遮るように水が流れていた、と言ったほうが近いかもしれません。

幸いそれほど深くなかったのでスニーカーのまま、なんとか渡ることができました。

そこからさらに歩いたところで、ようやく門が見えてきました。

 

エル・インヘルト農園の門でした。

 

鳴らない鐘

その門は、見上げるほど高く、重々しい門でした。

そこに貼られた緑色の看板には、白い文字でこう書かれていました。

 

“Favor toque la campana.”
(鐘を鳴らしてください)

 

なるほど。
呼び鈴のようなものか。

 

そう思って鐘を鳴らそうとしましたが、設置されている位置が高すぎて手が届きません。

仕方なくフェンスによじ登り、紐をつかんで思い切り揺らしてみました。

 

ところが、鐘はまったく鳴りません。

中に詰め物でもしてあるのか、どうやっても鳴りそうにありませんでした。

 

門の向こう側には、広いパティオが見えました。
労働者たちがコーヒーのパーチメントを乾燥させる作業をしていますが、誰も私に気づきません。
みんな黙々と作業に集中しています。

 

ここまで来たのだから、せめて農園の人に話だけでも聞いてもらいたい。
そう思ってもう一度自分を奮い立たせました。

 

私はフェンスをつかみ、わざと音が鳴るように力いっぱいガシャガシャと揺らしました。

 

いま思えば、完全に不審者です。

 

しかしそのときの私は、とにかく誰かに気づいてもらうことに必死でした。

しばらくすると、一人の男がこちらに気づき、近づいてきました。

 

「お前、何をやっているんだ?」

 

私は答えました。

 

「日本から来ました。農園を見学したいです」

 

男は少し驚いた様子でした。

 

「パティオの責任者を呼んでくるから、待っていろ」

 

そう言って、行ってしまいました。

 

責任者から管理人へ、そしてアルトゥーロの登場

しばらく待っていると、その男はパティオの責任者らしき人を連れて戻ってきました。

 

「何をしに来たんだ?」

 

また同じことを聞かれました。

 

「この農園を見るために、日本から来ました」

 

そう答えると、その人は言いました。

 

「わかった。では、この農園の管理人を呼んでくるから待っていろ」

 

また待つことになりました。

少しして、今度はパティオの責任者と農園の管理人が二人でやってきました。

 

「約束はあるのか?」

 

「ないです。突然来てしまいましたが、どうしてもここが見たかったのです。中に入れてもらえますか?」

 

管理人は少し考えてから言いました。

 

「オーナーを呼んでくるから、待ってろ」

 

そして、ついにオーナーであるアルトゥーロ・アギーレがやってきました。

 

商社でもなく、車もない日本人

アルトゥーロは、開口一番私に向かってこう言いました。

 

「どこの商社だ?車はどこに止めたんだ?」

 

それは当然の反応だったと思います。

日本人がエル・インヘルトを訪ねてくるなら、普通は商社や輸入会社の人間でしょう。
しかも、バスもタクシーもない山奥なので車で来るのが当たり前です。

 

でも、目の前にいる私は商社の人間でもなければ、車で来たわけでもありません。
ピックアップトラックの荷台に乗って、山道を上がってきた一人のコーヒー好きの日本人でした。

 

私は、覚えたばかりの下手なスペイン語で一生懸命に説明しました。

 

「商社ではありません。個人的にここに来ました。Cup of Excellenceで1位を獲った農園を見てみたくてきました。車はありません。ピックアップトラックに乗って来ました」

 

とにかく、強い意思を見せなければいけないと思いました。
ここまで来た理由を、ちゃんと伝えなければいけないと思ったのです。

 

するとアルトゥーロは、少し興味を持ったように私を見ました。

 

「ここに来る日本人で、スペイン語を話すやつは少ない。お前はどこでスペイン語を覚えた?」

 

私は答えました。

 

「アンティグアに半年滞在して勉強しました。コーヒー農園に行くには、スペイン語が必要だと思ったのです」

 

短いやり取りでした。

それでも、少しは熱意が伝わったのかもしれません。

アルトゥーロは門を開けて私を招き入れてくれました。

 

「自由に中を見ていきなさい。帰るときは下まで送ってあげるから遠慮なく言ってくれ」

 

そう言うと、彼はどこかへ行ってしまいました。

 

開いた門の先

私はようやくエル・インヘルトの中に入りました。

 

自由に見ていい。

 

そう言われても、目の前にあるのは、どこから見ればよいのか分からないほど広い農園です。

私は控えめに、畑のそばを歩きました。
ウエットミルを見て、ドライミルも見ました。

 

いま思えば、もっといろいろ聞けばよかったのかもしれません。
けれど当時の私は、そこまでの語学力が無かったし、そこにいるだけで精一杯でした。

 

ここがグアテマラで1位を獲った農園なのか。
ここが、あのパンフレットに載っていた場所なのか。

 

自分の足でその地面を踏んでいる。
それだけで、胸がいっぱいでした。

 

焼き立てのトルティージャと、初めての一杯

一通り見学したあと、「ご飯を食べていけ」と言われました。

 

恐る恐るキッチンのドアを開けると、何人もの女性が忙しそうに動いていました。

 

席に着くと、私の前に食事が置かれました。
焼き立てのトルティージャ。
そしてコーヒー。

 

私はそこで、初めてエル・インヘルトのコーヒーを飲みました。

 

正直に言えば、そのときの私は、味を冷静に分析できるような状態ではありませんでした。

酸がどうだとか、甘さがどうだとか、余韻がどうだとか。
そういう言葉で整理できるような気持ちではありませんでした。

 

ただただ、感激していました。

 

アポイントもなく突然やって来た日本人を、中に入れてくれた。
農園を見せてくれた。
そして、食事まで出してくれた。

 

私はいったい何を見たくてここに来たのか。
何をしに来たのか。

 

そんなことは、もうどうでもよくなっていました。

さっきまで門の外で、どうにか気づいてもらおうとフェンスを揺らしていた自分が、今は農園のキッチンで食事をしている。
そのことが、ただただ嬉しかったのです。

そして私は、エル・インヘルトのコーヒーだけでなく、焼き立てのトルティージャの美味しさにも深く感動していました。

 

実は、あの時飲んだコーヒーの味を思い出すことはできません。
でも、あの場所の空気、キッチンのにぎわい、トルティージャの温かさ、コーヒーを前にした自分の高揚感は、いまでもはっきり覚えています。

 

私にとってエル・インヘルトの一杯が特別になったのは、華やかなフレーバーに驚いたからではありません。

コーヒーが、遠い国から届くただの商品ではなくなったからです。

 

目の前の一杯の向こうに、農園の門があり、パティオがあり、キッチンがあり、そこで働く人たちがいる。
そのすべてと自分が、初めて一本の線でつながったように感じたのです。

 

「エル・インヘルトに行った」と言いたくて

帰りは農園の運転手がエル・レポソまで送ってくれました。

そこからローカルバスに乗り、事務所のあるラ・デモクラシアへ戻りました。

バスに揺られながら、私は翌日のことを考えていました。

ANACAFEの事務所に行って、あの職員たちに早く報告したかったのです。

 

「エル・インヘルト農園を見てきたよ!」

 

そう言いたくて仕方ありませんでした。

いま思えば、それはまだ取引でも、買い付けでもありませんでした。

ただ、ひとりの日本人が、憧れだけを頼りに山奥の農園を訪ねた。
そして、門を開けてもらい、食事と一杯のコーヒーまで出してもらった。

 

それだけの出来事です。

 

けれど、カフェテナンゴとエル・インヘルトの物語は、あの日から始まりました。

 

エル・インヘルトは、私にとって単なるコーヒー農園ではありません。
Cup of Excellenceを何度も制した名門農園というだけでもありません。

 

あの大きな門。
鳴らない鐘。
フェンスを揺らしたときの不安。
アルトゥーロとの初めての会話。
農園のキッチンで出された焼き立てのトルティージャ。
そして、そこで飲んだ一杯のコーヒー。

 

それらすべてが重なって、エル・インヘルトは私にとって特別な農園になりました。

一杯のコーヒーが、ただの飲み物ではなくなる瞬間があります。

私にとってのエル・インヘルトは、まさにその一杯から始まったのです。

 

次回は、エル・インヘルトという名門農園を育んだ土地、ウエウエテナンゴについて書いてみたいと思います。

 

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