2026.10.25 コーヒーの読み物
物語が溶ける一杯 Vol.8 ~3粒のカプセル ~
「ダメだ」
目の前の男は、首を横に振った。
「明日、必ずお金を持ってくる。だから薬を出してほしい」
「だから、ダメだって」
「どうしても今、必要なんだ!」
私はコスタリカの薬局にいた。
ことの始まりは、その1週間ほど前、グアテマラにいたときだった。
当時の私は、中米各地のコーヒー生産地を巡り、農園だけでなく街のカフェにも足を運んで、現地でコーヒーがどう飲まれているのかを見て回っていた。
そんな旅の途中、お腹を壊した。
最初は、そのうち治るだろうと思っていた。海外を旅していれば、食べ物や水が合わなくて体調を崩すことくらいある。だから気にせず移動を続けた。ところが、なかなか回復しない。コスタリカの首都サンホセに着いたときには、とうとう我慢できなくなっていた。
病院へ行こう。
そう決めたものの、すぐに困った。当時の私のスペイン語は、まだ大したものではなかった。宿に泊まったり、レストランで注文したりするくらいなら何とかなる。しかし、病院となると話は別だった。
どんな症状なのか。いつから続いているのか。何を食べたのか。どのような痛みなのか。そんなことを細かく聞かれて、果たして自分のスペイン語でちゃんと説明できるのだろうか。
いや、その前にもっと大きな問題がある。
病院がどこにあるのか分からない。困った末に、在コスタリカ日本大使館へ電話した。
事情を話し、日本語が通じる病院はないかと尋ねると、一軒のクリニックを教えてくれた。
JICAの隊員たちもよく利用している所だという。
それなら大丈夫だろう。
私は教えてもらった住所を紙に書き、通りへ出てタクシーを捕まえた。
「この病院に行きたいんだけど。ここから近い?」
運転手は住所を見ると、何でもないことのように答えた。
「ああ、近いよ。15分くらいで行けるな」
それほど遠くはない。
15分くらいなら大した金額にもならないだろう。そう思って、私は後部座席に乗り込んだ。
タクシーは、しばらくサンホセの街中を走っていたが、大きな道路に出ると、そのままハイウェイに入り、一気に加速した。
窓の外は、どんどん郊外の景色へと変わっていく。
ハイウェイなんて聞いてない。てっきり街中を走っての15分だと思っていた私は、運転手の後頭部を見ながら、
「どこが近いんだよ!」
と心の中でつっこんだ。
しかし、もう乗ってしまったのだから仕方がない。
タクシーはぐんぐん進み、メーターは、カチャカチャと音を立て、数字が目まぐるしく変わっていく。
まずい。
私は財布を開いた。そんなに遠くまで行くつもりではなかったので、クレジットカードもトラベラーズチェックも持っていない。
頼れるのは、持っている現金だけだった。
財布を見る。
メーターを見る。
また財布を見る。

数字が繰り上がるたびに、きりきりと胃が痛んだ。
お腹を壊して病院に向かっているというのに、なんと皮肉なことだ。
このままでは、診察代までなくなってしまうんじゃないか。そんな私の心配など知るはずもなく、タクシーは快調にハイウェイを走り続けた。
ようやく病院に着いた。
メーターに表示された金額を払うと、手持ちの現金はかなり減っていた。
病院は、テナントビルの地下にあった。階段を下りると小さな受付。その奥に、白を基調にした静かな待合室があった。
緊張が解けた反動もあって、ぐったりと椅子に座り、名前が呼ばれるのを待った。
診察をしてくれたのは、大使館で聞いたとおり、日本語を話せる先生。丸眼鏡をかけた、中国人の医師だった。
「先生は、どうして日本語を話せるんですか?」
そう聞くと、先生は微笑んだ。
「日本の大学に通っていたんです。もうだいぶ前の話ですけどね」
中国で生まれ、日本で学び、コスタリカで働く。
そんな先生なら、旅先で病気になる心細さも分かってくれるはずだ。
そう思うと、ずいぶん気持ちが楽になった。

診断は、何らかの細菌が原因だろうとのこと。抗生剤を飲むように言われ、処方箋を出してもらった。
診察代を払うと、残金はさらに少なくなった。それでも、薬さえ受け取れば、あとは宿に戻って休むだけだ。
私は処方箋を持って、同じ建物の中にある薬局へ向かった。
ところが、薬の値段を聞いて私は固まった。
足りない。
私の財布は、タクシー代と診察代ですでに力尽きていた。
お金がないなら、薬は出せない。
薬局の男は当然のことを言った。
けれど、何日も体調の悪いまま旅を続け、ようやく病院まで来たのだ。
診察も受け、処方箋まで手にして、薬を持たずに帰るわけにはいかなかった。
私はカウンターの前を離れず、覚えているスペイン語を総動員して、なんとか粘った。
すると、ちょうどそこへ、先ほど診察してくれた先生が通りかかった。
「なんだ? 君はまだこんなところにいたのか」
事情を話した。
タクシー代と診察代でお金がなくなってしまったこと。
明日必ず払うから薬を出してほしいと頼んでいるけれど、断られていること。
先生は黙って話を聞くと、薬局の男に向き直って言った。
「今日一日分だけでも出してあげて」
先生のその一言で、ようやく薬を受け取ることができた。
渡されたのは、3粒のカプセル。それでも、そのときの私には十分だった。

先生に何度も礼を言い、病院を出た。
これで、ひとまず今日の薬はある。しかし、帰るお金はなかった。
歩いて帰るしかない。
そう覚悟したものの、来るときにハイウェイを走った距離を考えると、歩ける気がしなかった。
とりあえず道を歩いていた人にサンホセの中心まで行くバスの値段を聞くと、1ドルにも満たない金額だった。
思っていたよりずっと安かった。それでも、ポケットの小銭を恐る恐る一枚ずつ数えた。
足りる。
もう一度数えてみた。
足りた。
本当に、ぎりぎりだった。
私はその小銭を握りしめ、幹線道路沿いにぽつんとあるバス停で、いつ来るかも分からないサンホセ行きのバスを待った。
何台もの車が、目の前を通り過ぎていく。
ふと斜め向かいを見ると、一軒のカフェがあった。

「よし、明日は、あそこでコーヒーを飲もう」
サンホセ行きのバスが、滑るようにゆっくりと目の前に止まった。
あとがき
あの日、1日がかりで手に入れたのは、たった3粒のカプセルでした。
しかし、先生のひと言がなければ、私はそれさえも手にできなかったでしょう。
今思うと、あのときはただ必死で、先生が私にしてくれたことの重みを十分に理解できていませんでした。
今回、この物語を書きながらあの日のことを一つひとつ思い返しているうちに、先生への感謝が改めて込み上げてきました。
カフェテナンゴの一杯の中には、コーヒーとは関係のない記憶も、たくさん溶け込んでいるように思います。

※この出来事は、2000年代初頭。スマホは、まだ無く、紙の地図を持ち、トラベラーズチェックを銀行で現地通貨に換えて旅を続けていました。そのような時代背景を理解して読んでいただけると、より緊張感を感じていただけると思います。



















