2026.06.16 生産者特集
プライベートオークションという舞台 ~ El Injerto特集 Vol.8
評価の場から関係の場へ
Cup of Excellenceは、エル・インヘルトを発見しました。
しかしアルトゥーロ・アギーレが見ていたのは、表彰台の先でした。
COEという舞台
COEは、評価の場です。
各国の国際審査員がブラインドでカッピングし、点数と順位を決める。農園の名前よりも、まずカップの中身が問われる。その公平性が、まだ知られていない農園に光を当て、正当な評価と価格をもたらします。
COEで上位に入れば、強い説得力が生まれます。「Cup of Excellence 1位獲得ロット」という看板は、消費国のロースターがお客様へ説明するための、分かりやすい根拠になります。
しかし、見つけてもらうことと、価値を届け続けることは、同じではありません。
価格を知ろうとした理由
あるとき、アルトゥーロから依頼が届きました。
日本でエル・インヘルトのコーヒーがどのくらいの価格で流通しているか、調べてほしいというものでした。そして一言添えられていました。「プライベートオークションを立ち上げようとしている。このことはまだ秘密にしておいてくれ」と。
調べてみると興味深い実態が見えてきました。COEオークションロットは落札価格が公開されているため、販売価格に大きなばらつきはない。しかし通常ロットは様相が違いました。大きな付加価値をのせるロースターと、原価から素直に計算するロースターとで、値段が大きく分かれていたのです。
アルトゥーロは日本だけでなく、各国の顧客にも同じことを聞いていました。かなり綿密なリサーチでした。
農園を出た豆が、消費国でどのような価値として届けられているのか。自分たちのコーヒーが世界でどう扱われているのか。アルトゥーロはその流れを、自分の目で確かめようとしていた——そう思います。
プライベートオークションは、その問いから生まれました。
関係の場
プライベートオークションには、点数も順位もありません。農園の名前は見えている。どの区画か、どの品種か、なぜ今年これを特別なものとして出したのか。ロースターは、農園が何を考え、何を選び、何を出品してきたのかを自分で判断しなければならない。そして落札したあとには、その価値を自分の言葉でお客様に伝えなければならない。
COEには国際審査員という後ろ盾があります。しかしプライベートオークションロットは、ロースター自身がその価値を証明しなければならない。それが買う側の難しさであり、面白さでもあります。
エル・インヘルトのプライベートオークションは、Reserva del Comendadorと名付けられています。Comendadorとは父アルトゥーロを指す言葉——「Don Arturoのとっておき」というニュアンスです。
ふたつの舞台を使い分ける
プライベートオークションを始めたあとも、エル・インヘルトはCOEへの出品をやめませんでした。
2011年の初年度、収穫した全てのパカマラをプライベートオークションへ回したため、COEにはマラゴジペで出品することになりました。アルトゥーロ自身、この品種には自信がなく、入賞できるとは思っていなかったそうです。ところがそのマラゴジペが3位に入賞した。農園の底力が、思いがけない形で表れた瞬間でした。
Reserva del Comendadorという名前には、農園が守ってきた仕事への誇りと、本当に価値を理解してくれる人へエル・インヘルトのコーヒーを届けたいという意思が込められている——そう感じたのは、このマラゴジペの受賞を間近に見てのことでした。
プライベートオークションに入札できる立場にない買い手もいます。そういう人たちの中にも、エル・インヘルトのコーヒーを求めている人たちはいました。COEへの出品を続けたのは、そうした人たちへの販路を残すためでもありました。
評価の場と、関係の場。それぞれに役割がある。エル・インヘルトは、そのふたつの舞台を使い分けながら自分たちのコーヒーを世界へ届け続けてきました。
価値を引き受けるということ
プライベートオークションのロットを扱うことは、簡単ではありません。
なぜこのコーヒーに高い価値があるのか。なぜこの価格になるのか。その農園が、なぜこのロットを今年の特別なものとして選んだのか——それを自分の言葉で説明できなければ、プライベートオークションロットは売れません。
農園が差し出した価値を、消費国で自分の言葉に翻訳する。プライベートオークションに参加するということは、そういうことでもあります。
エル・インヘルトのコーヒーが特別なのは、味が優れているからだけではありません。その一杯の向こうに、価値をつくる人がいて、価値を届けようとする人がいて、そしてその価値を引き受けようとする人がいる。
プライベートオークションという舞台は、その関係を静かに浮かび上がらせていたのです。
次話では、エル・インヘルトが農園の外へと歩み出し、グアテマラ国内でカフェを営みながら、自分たちのコーヒーを自分たちの言葉で伝えようとしている現在について書いてみたいと思います。



















